「専門用語」がないから楽、あるから大変、というのはよくある誤解です。
「専門用語」の定義にもよりますが、例えば最新の装置に関する技術的な指針や仕様書の中にある、業界特有の、あるいはその装置特有の部品や概念を示す用語を思い浮かべてみます。こうした用語は、誤解のないように一つの単語とその意味がほぼ1対1で対応しています。
専門的になればなるほど、この傾向は強くなり、翻訳者としては、「専門用語」の方が訳出が楽だったりします。訳語が一旦分かってしまえばその後の選択に迷いや工夫は必要ないからです(別の面で迷いや工夫の必要があるわけですが)。もちろん知らなければ訳すことは難しいでしょう。
では、「専門用語」が散りばめられた文章は「専門用語」が分かっていれば誰でも翻訳できるのかというと、そうではありません。なぜなら、「専門用語」をつなぐ冠詞、助詞、接続詞、動詞、形容詞などの品詞、ある名詞に対してどの動詞を使うのが自然なのか、などというコロケーション、「専門用語」自体に加える語形変化、口語・文語・男言葉・女言葉・くだけた調子・改まった表現などのレジスター、語順や時制を誤ると、不自然・意味不明・意味が逆・稚拙な文章になってしまうからです。
また、「専門用語」がない、あるいは少なくても、ことわざや四字熟語、詩や語呂合わせなどことばにリズムが加わり、一つの表現に複数の意味や含意、言葉遊びなどが織り交ぜられている場合があります。これは「専門用語」とは対極をなし、翻訳する際には別の意味でかなり知恵を絞る必要があります。翻訳者泣かせだという人もいるかもしれませんが、私は結構好きです。
以前、企業幹部の方の通訳をしていたとき、前後の文脈は忘れましたが、「忖度」という表現が出てきました。丁度この言葉がニュースを賑わしていた少し後だったのですぐ反応出来て、不謹慎ながら内心テンションが上がったような記憶があります。これは時事用語と言えるかもしれません。
さらに、特に日本語の英訳について言えることですが、主語を補ったり、固有名詞を代名詞にしたり、文脈や説明を加えないと英語話者には理解しにくいことが多々あります。これは日英の言語的・文化的な違いからくるものです。
