「又は」、「若しくは」と刑事訴訟法

「又は」「若しくは」「及び」「並びに」が厳格に区別されていることは、法務担当者の皆様や法務翻訳者であれば常識なのかもしれません。ある翻訳プロジェクトで、

死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮

という文面が出てきたときのことです。刑事訴訟法ですが、裁判所法にもこの文面は登場します。犯罪の被疑者の人生を左右する大事な条項です。法令翻訳の場合は、Japanese Law Translation (日本法令外国語訳データベースシステム(法務省))を重宝していて、用語の統一を図っています。今回もこれで検索しました。すると、英訳に揺れが見られました。

その前にまず、上記日本語の文面は下記の通り解釈しています。

死刑 or (無期 or 短期一年以上の)(懲役 or 禁錮)

つまり、

死刑又は

無期懲役又は

短期一年以上の懲役又は

無期禁錮又は

短期一年以上の禁錮

するとこの構造を正確に再現している訳は、Japanese Law Translationでは唯一、下記のものでした。

death penalty, life imprisonment with or without work or a sentence of imprisonment with or without work whose minimum term of imprisonment is one year or more
(刑事訴訟法第八十九条第一項の一(Keyword in Context Searchで検索するとなぜか同じ条項の英訳が二通りでてきますが、そのうちの一つ))

他には、death penalty, life imprisonment, life imprisonment without work, or imprisonment or imprisonment without work whose minimum term is not less than one year(同法第二百九十一条の二など)、death penalty, life imprisonment, imprisonment for a minimum period of not less than one (1) year(裁判所法第二十六条第二項の二)がありました。しかし、前者は、日本の懲役の刑罰の内容となっている刑務作業が明記されていません。また後者は、懲役と禁錮をimprisonmentでまとめてしまっています。Imprisonmentという刑罰の内容に刑務作業が含まれるのかどうか、国によって異なるでしょうから、要注意です。

なお、Japanese Law Translationが公開されてからは法務関連の訳出に迷う時間が大幅に短縮したと思います。サイトにも明記されている通り、法的効力を有するのは日本語の法令自体であり、翻訳はあくまでその理解を助けるための参考資料です。

たまに「おや?」と思う訳出がありますが、膨大な量の日本の法令を英訳するという巨大なプロジェクト。訳文の一貫性を保つ労力を考えると、脱帽するばかりです。